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『ロスト・イン・ヨンカーズ』を観てみた

2013.10.27 Sunday | by あみさん
昨日、パルコ劇場40周年記念公演『ロスト・イン・ヨンカーズ』を観ました。

ジェイアーティの兄弟は、父・エディの出稼ぎのため、ヨンカーズに住む祖母の元に居候することになり…


この作品は、ニール・サイモン原作、三谷幸喜脚本・演出の芝居です。
三谷幸喜は日曜日に続いての観劇ですが、原作があるのが違うところ。
どんな違いがあるのかが興味深いところでした。

が、あまり違いが感じられませんでした。
つまり、テーマとするところがよく分かりませんでした。

中谷美紀演じるベラ草笛光子演じる祖母の呪縛から解放されようと一歩前進するのが一番中心にあるストーリーであることは間違いないです。
解放されようとするきっかけは映画館の案内係にプロポーズされたこと。
つまり外的な要因です。
ベラが自発的に動いた結果ではないんですよね。
でもこの結婚話が流れたあと、今度は図書館の職員(でしたっけ?)に恋するところで終わります。
ここは自発的な行動だったように見えるので、この2時間50分の間に多少の成長はあったようです。
祖母もそんなベラを見てちょっと誇らしげな表情を浮かべます。
この成長がテーマなのかな、と今考えてみると思います。


ただ、雑音が多すぎてこれが埋もれてしまってよく見えないんですよね。

ひとつは三谷幸喜節
特設サイトを見ると三谷幸喜が原作の「笑い」のエッセンスを拾い集めたようで、確かにおかしかったです。
三谷幸喜だ!という感じです。
それ故に、原作が持っているテーマ性が薄まってしまっている可能性があります。

それから、ベラのおつむが足りないところが前面に出すぎちゃってます。
最初の結婚話も、4回のデートでプロポーズされて、しかも店を出すために5,000ドルが必要だと言われているので、騙されたんだと思っちゃいました。
それ以前に、相手の姿が最後まで見えないので、妄想なんじゃないかとも思いました。
ベラの話していることが真実なのかどうなのかをフィルタリングしないといけないので、その先を見るところまでなかなか辿りつきません。

さらに、周辺の話しが多すぎます。
エディの病気の話し、ルイのヤバそうな話し、ガートの息を吸いながら話す癖の話し。
ベラの話しと関連性を探そうとするんですが特に見つからなくて、しかも放置したまま終わってしまうんですよね。
祖母がなぜあんないこじな性格になったのかを独白してますが、あれもそんなに重要じゃないですよね。
あれを提示するなら最終的にその問題を解決してもっと接しやすい人間になって欲しいところです。

なんか『ウォーリーを探せ』状態になっちゃっている気がしました。


最初の1時間は面白そうだったんですよね。
祖母が部屋の奥から出てこない状態で、エディ一家とベラが祖母に振り回され、祖母像が作られていきます。
これって『ゴドーを待ちながら』『桐島、部活やめるってよ』のような空虚な中心ですよね。
このまま出てこないと面白いと思ったんですが、あっさり出て来ちゃいました。
まあ、草笛光子の名前がキャストにあったんで、出てくるんだろうなとは思いましたが。
ここから登場人物が増えて、問題も増えて、でも回収されないままどんどん話しが進んで行ってしまいました。

この原作ってトニー賞ピューリッツァー賞を取っている評価の高い作品なんですよね。
どこか自分の鑑賞の仕方に問題があるのかな?


キャストでは、中谷美紀松岡昌宏がとにかくすごかったです。
中谷美紀のコメディアンヌぶり『嫌われ松子の一生』で観ていたので「ああ、観たことある」と思いましたが、松岡昌宏は「あれ、松岡くんだよな」と思うほどの舞台役者ぶりでした。
この2人を観るだけでも価値がありました。

『ロスト・イン・ヨンカーズ』特設サイト

★☆☆

『その場しのぎの男たち』を観てみた

2013.10.21 Monday | by あみさん
昨日、東京ヴォードヴィルショー創立40周年記念興行第4弾『その場しのぎの男たち』本多劇場で観ました。

明治24年、来日中のロシア皇太子ニコライが警備にあたっていた津田三蔵に斬り付けられ、発足直後の松方正義内閣は対応に追われ…


面白かったです。
でも、面白かったという感想以外の言葉が浮かびません。


一癖も二癖もあるキャラクターたちが会話によって化学反応を起こし、それが笑いにつながっていくところは見事でした。
まさに三谷幸喜が得意とするシチュエーションコメディですよね。

キャラクターで言うと、やっぱり亀山乙女でしょうか。
身体張ってますよね。


この芝居の題材になっているのは、日本の司法の歴史を語る上で外せない大津事件です。
でも、そこについてはほとんど触れないんですよね。
じゃあそれ以外に何かテーマ的なものがあるかというと、それもどうも見当たらない。
この芝居が初演された21年前を調べてみても、それらしいものが出てこないんですよね。
社会的な問題や状況を反映した芝居でもなさそうです。
ちなみに当時の首相は海部俊樹で、リクルート事件で竹下登内閣が総辞職した後に発足した内閣なので、松方正義内閣のように傀儡っぽい雰囲気はありますが…

結局、ただ面白いだけの芝居になっているように思いました。
ただ単に何か見落としているだけなのかな…

そう言えば、以前観た三谷幸喜の芝居も、『有頂天ホテル』『マジックアワー』といった映画も、特に何も残らなかったですね。
それに、「誰にでもわかりやすい軽演劇」をやる目的で劇団東京ヴォードヴィルショーを旗揚げした、と書いてあるので、これでいいんでしょう。

東京ヴォードヴィルショー公式サイト

★☆☆

『ケンジ先生』を観てみた

2013.09.24 Tuesday | by あみさん
キャラメルボックス2013オータムカーニバル『ケンジ先生』を35周年を迎えたサンシャイン劇場で観ました。

学校も先生も存在しない2098年、14歳の少女・レミは誕生日プレゼントにケンジ先生というアンドロイドを贈られて…




一言で言うと、仙台に向かっていたつもりが、名古屋に着いていた感じの芝居でした。

上に書いたあらすじ部分が『ケンジ先生』の導入部分です。
学校や先生が存在しないのはパソコンによる授業に切り替わってしまったからで、それまでに人間の先生もアンドロイドの先生もお払い箱になっている、という背景があります。
ここから想像できるのは、パソコンの授業よりも先生による授業の方が良いことをケンジ先生が証明して、先生や学校が復活するという展開じゃないでしょうか?

最終的にはそっちの方に行くんですが、ストレートに掘り下げていくのではなく、全く別のトシコの歌手を辞めたい騒動に話しのほとんどを持って行かれます。
人間のトシコは休みもなく歌を歌わされ、まるで自分がアンドロイドになってしまったかのように不自由であると感じ、壊れてしまいます。
一方、アンドロイドのケンジ先生は50年間先生をやることができず、ついにめぐって来た先生の仕事に生きがいを感じます。
人間がアンドロイドのように感じ、アンドロイドが人間のように感じる中から、人間らしさとは何かが見えてくる話しです。

この二つの話しを並べてみた場合、後者の方が対比が上手く描けていて、より説得力がありました。
なので、どうしても後者の印象が強くなってしまいます。
冒頭に書いた仙台に向かっていたつもりが、名古屋に着いていた、という感想はそのためです。


前者の話しが中途半端になってしまった一番の原因は、ケンジ先生がアンドロイドであるというところにあると思います。

『ケンジ先生』では教育を行う主体に、人間、アンドロイド、パソコンの3つを置いています。
この中で、ケンジ先生が代表するアンドロイドが一番良い、と証明しないとスッキリしない構図になってしまっています。
パソコンよりも先生の方がいい、というのは説明されなくとも何となく分かりますが、人間よりアンドロイドの方が良いというのはきちんと説明されないと分かりません。
なぜアンドロイドでないといけないのか?
ここが弱かったように思います。

思うに、わざわざアンドロイドを挟まずに、直接人間の先生からパソコンに推移したという話の方がわかりやすかったんじゃないでしょうか。
パソコンと人間の二項対立の形にすれば、ケンジ先生レミの関係だけである程度の説明はついたと思います。
ただ、パソコンによる授業が全く出てこないので、やっぱり片手落ちな気もしますが。

こう考えると、ますますなぜアンドロイドなのかが分からなくなります。
100年という時間を超えるのにアンドロイドである必要があったのかな、と。
もしくはトシコの話にはアンドロイドが必要なので、そのためにケンジ先生がアンドロイドだったのかも。
いずれにせよ、学校や先生がなくなった問題には関係のないところだと思います。

結局、色んな要素を詰め込みすぎて話しの本筋が見えなくなってしまったように感じました。
どちらも良い話なので、分割して独立した話しにすればスッキリしたんじゃないかと思います。


あとひとつ気になったのが、おばあちゃんがケンジ先生の教え子だったという話し。
あんなに大騒ぎするような事実なんでしょうか?

仮におばあちゃんが理想の教師像としてケンジ先生を探していたんだとしたら、確かに大騒ぎするでしょう。
でもそうであれば、最初に見つけたときに「あのケンジ先生かも?」という素振りを見せるくらいはあっていいと思います。

逆に単なる偶然だとしたら、話しの本筋とは関係ないので、むしろなかった方が良かったんじゃないか、とさえ思っています。


演出に関して言うと、普段のキャラメルボックスに比べてダンスや歌の演出が多くて、しかも効果的でした。
多田くんのマジ歌中断や、岡田さつきのピンポイント歌唱も面白かったですが、それよりもダンスが良かったです。
『銀河鉄道の夜』の現実の世界ではない物語の世界を表しているところや、車の追いかけっこダイナミックさが上手く表現されていました。

ギャグもキレていましたね。
ばいきんぐの「なんて日だ!」『あまちゃん』の「じぇじぇ」の流行りのものも良かったんですが、ジブリネタが最高。
『カリオストロの城』から入って『ナウシカ』ネタを連発し、最後に「痛くない」を持って来たセンスに拍手を送りたいです。


千秋楽は初めてだったんですが、キャストが一人一人挨拶するんですね。
筒井俊作の腰のサポーターの暴露話は笑いました。
そう言えば、リストア後のケンジ先生がお父さんにしがみついている格好も面白かったです。

それと、原田樹里のテンションがすごかった。
いつぞやのUstreamでの飲んでいないのに酔っ払っているように見える岡内美喜子級のスゴさでした。

『キャラメルボックス』公式サイト

★☆☆


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